- EXPERIENCE HOKKAIDO
支笏湖、観光と保全の両立 -クリアカヤック体験を通して見えた支笏湖の美しさ
道内に6つある国立公園の一つであり、最も利用者が多いと言われる支笏洞爺国立公園。
定山渓、登別、洞爺湖、羊蹄山などを含む99.473haの一帯を指すが、そのなかで日本有数のカルデラ湖・北限の不凍湖として知られるのが支笏湖だ。
周囲約40km、そして体積は約20.9立方kmと琵琶湖に次ぐ大きさを誇り、水質は11年連続1位の実績を持つほど。「支笏湖ブルー」とも呼ばれるその美しさを見に、毎年多くの観光客が訪れている。
そんな雄大な自然の美しい魅力を味わえる支笏湖では、ダイビング、カヌー、サップなど、様々なアクティビティが提供されている。
今回はその中から、「オーシャンデイズ」さんが提供する「クリアカヤック」に乗船させていただいた。クリアカヤックは、カヤックの底が透明になっており、湖底の様子を窺い知ることができる。
この支笏洞爺国立公園の雄大な自然のなかに身を置きつつ、まだ見ぬ湖底の様子を覗いてみたいと思う。
目次
多様な生態系が札幌のすぐ近くに
支笏湖は極貧栄養湖に分類され、在来魚はアメマスとハナカジカの2種類のみと言われている。チップ(ヒメマス)などの移入種も含めても、数・種類ともに少ないのが特徴だ。
その一方で、湖の周りに形成されている山々では多様な生態系が残されており、運が良ければエゾリスやエゾユキウサギ、シマエナガをはじめとした多くの生き物たちの姿を見ることができる。
このように美しく広大な自然が、車で札幌から約1時間、新千歳空港からは約40分のところにあるというのも支笏湖の魅力の一つ。
今回ご案内いただいた、支笏湖オーシャンデイズの板谷社長も「空港からすごく近くて、原生林に囲われているというところも他におそらくないと思います」と太鼓判を押す。
水質11年連続国内1位という実績
支笏湖は11年連続で水質1位(国内)を獲得した実績を持つ。この「水質」の良し悪しは、簡単に言うと有機物の量で決まる。つまり、有機物が少なければ少ないほど、水質は良くなるということだ。
支笏湖はカルデラ湖であることから流入河川が少ない。そして支笏湖温泉街の生活排水も千歳市街の浄化センターで処理されるため、湖にそのまま流れることがない。さらに、周りを囲む森林が土砂の流入も防いでくれる。
こうした自然条件や人々の努力によって有機物量は少ないまま推移しており、澄んだ水が保たれているのだ。
そして透明度も14~20mと高く、環境庁自然保護局の調査(平成3年)では国内4位にランクイン。水質は有機物の量が指標なのでピンときにくいかもしれないが、透明度は目で見てもはっきりわかる。
そんな雄大な自然の美しい魅力を味わえる支笏湖では、ダイビング、カヌー、サップなど、様々なアクティビティが提供されている。今回はその中から、「オーシャンデイズ」さんが提供する「クリアカヤック」に乗船させていただいた。
クリアカヤックは、カヤックの底が透明になっており、湖底の様子を窺い知ることができる。この支笏洞爺国立公園の雄大な自然のなかに身を置きつつ、まだ見ぬ湖底の様子を覗いてみたいと思う。
Point
ここで用いている「水質」の基準は化学的酸素要求量(COD)です。CODとは水中にいる有機物の量を調べる指標で、値が大きいほど水が汚れていると判定されます。
また、「透明度」は別の方法が用いられており、こちらは白い円盤を水中に沈めていき、見えなくなる深さを測定したものです。化学的・視覚的のどちらからも綺麗であることが証明されていると言えるでしょう。
静寂の世界に圧倒
~クリアカヤック体験~
受付を済ませ、板谷さんにご案内いただきながらカヤックに乗り込む場所まで移動する。
ほどなくして、支笏湖温泉の集落から湖畔に下ったところにある、千歳川に掛かる赤い鉄橋「山線鉄橋(やませんてっきょう)」のほとりに辿り着いた。
山線鉄橋とは大正時代に敷かれた軽便鉄道の鉄橋で、支笏湖近郊の苫小牧市にある製紙工場へ紙の原料になる木材を運ぶために使用されていた。現在も当地に保存され、支笏湖を訪れる人を出迎える。
その山線鉄橋の脇、千歳川に面した岸辺でしばしレクチャーを受けた後、いよいよクリアカヤックに乗り込む。最初に目指すは、千歳川の下流だ。
1人で乗ることにやや不安はあったものの、板谷さんが近くで「結構後ろまでグーっといく感じですよ」などと適宜アドバイスをくださるので落ち着いてトライできた。ただ、思いのほか漕ぐのに力がいる。
筆者は十数年前に一度だけカヌーの経験があるもの、クリアカヤックは今回が初。慣れていないのもあって、しばらくは景色よりもパドルのことで頭がいっぱいだったことは正直に報告しておきたい。
そういえば乗船前、板谷さんにこんな話を伺った。クリアカヤックのアクティビティは、支笏湖では10年以上前から提供されているのだが、現在も北海道内ではここでしか体験できないのだそうだ。
貴重な機会に利用者はさぞかし水中の世界を楽しんでいるかと思いきや、「周りの景色が綺麗すぎて、下をあまり見ない人もいるんです」とのこと。
楽しみかたが一通りではないところもクリアカヤックの醍醐味なのかもしれない。とはいえ、やはり「水中の世界がどう見えるのか」が気になる。そんな思いを抱きながら乗り込んだのだが、結局のところ筆者も四方に森と水しかないという環境に圧倒されてしまった。
特に川では、人間は自分と板谷さんの2人だけ。周りを囲む原生林のなかに、ポツンと取り残されたようなイメージと言ったらいいだろうか。
そして木々が音を吸収するのか、波がカヤックに当たる音、耳の奥で鳴る拍動以外何も聞こえない。日常ではまずありえないような空間に畏れすら感じたのだった。
刻一刻と変わるグラデーション
クリアカヤックと板谷さんの出会いは、板谷さんが沖縄でダイビングのインストラクターに従事していた時。ダイビングをされないかたにも沖縄の海を体験できるアクティビティとして注目されていた頃だった。
その後、北海道に戻って支笏湖にやってきた際にその水の綺麗さに魅せられ、クリアカヤックをアクティビティとして提供することを思いついたのだそうだ。「水質と透明度を見たときに、これはクリアカヤックだな、と」。
パドル操作にもだいぶん慣れてきたころ、下流に向かっていたカヤックを上流に向け、支笏湖を目指す。少しずつカヤックの底にも目が向けられるようになってきた。
浅瀬では、川底に生えている水草の青緑色が水を染め上げているのが見える。水深が深くなるにつれてグレーと青が混ざった色へと変化し、底に沈む倒木の白色がぼうっと光っている様子はライトのようにも見えた。
そして湖に出ると一面ダークブルーの世界に。深さの程度が視覚的に感じられるのが面白く、これも透明度の高さによるものなのだろうと感じた。
この日は曇り空だったため底のほうまでは見えなかったが、晴れていればまた違った景色が望めたのかもしれない。
千歳川から山線鉄橋の下をくぐり、支笏湖に出ると湖畔にたたずむ観光客の方々の活気が感じられてホッとする。それと共に、空間が開けたことによって風の音が耳を掠めていく。
しかしそういった音はあるにもかかわらず、心に浮かぶ印象は不思議なことに「静か」なのだった。
あらゆる生活物から切り離され、あるのは自分の身体だけ。そしてその全身を使って水面を滑っていく――そんなシンプルさがとても貴重に思えた体験だった。
湖の美しさを守る
~ブルーフロンティア支笏~
体験を終え、支笏湖周辺の自然の姿を全身で感じ取ることができた。しかし板谷さんはこういった自然体験活動だけでなく、この美しさを守り次世代へつなげていく活動も行なっている。それが「ブルーフロンティア支笏」という清掃活動だ。
表面上は綺麗でも、湖底には人間によって生態系が破壊されているという現実が待ち構えている。ゴーストフィッシングがその代表例で、これは水中に置き去りにされた釣り具などに野生生物が引っ掛かって命を落としてしまう「幽霊漁業」とも呼ばれる事例だ。
板谷さんはこういった現状に早くから気づいており、何かしなければと考えていたという。「ゴミがあったらダイバーは基本拾います。
でも今はSDGsがあったりとか、伝えていける時代になっているというか。そこでコロナ禍が重なって、“自分も次に何か残したいな”っていうもやもやしたものがあったんですよね」。
ただ拾うだけではない、未来につなげていく仕組み作り
ダイバーによる湖底の清掃活動はもちろん、ブルーフロンティア支笏ではGIS(地理情報システム)を用いた水中環境のデータ化を行なっている。ゴミの滞留ポイントをGIS上に記録し、グーグルマップで共有するという仕組みを共同運営者らと構築した。
こうすることで、その場のものを拾って終わりではなく、次の世代に繋げていける。「写真で残してあげるのは簡単ですが、1年目、2年目……とデータ化していくほうが良いと思うので。未来に残っていくものを作り上げないと、という思いはあります」。
GISを用いたシステムが画期的なのはもちろんのこと、板谷さんによると湖の湖底清掃自体が珍しいのだそう。ただこれを支笏湖のみにとどまらせるのではなく、「システム自体は無償で教えようね、という話にはなっています」と外部に広げることにも意欲的だ。実際、これまでにもJICA(国際協力機構)やイベント等で講演や研修を行なうなど、精力的に活動を行なっている。
「観光と、住んでいる地域と、SDGs。これらが合わさったときに、どうバランスを取っていくかっていうのは、今後、世界中で求められて行くところなのだろうと思います」と板谷さんは語る。先述のJICAのほか、2022年にはモーリシャスで国際社会貢献活動を行なったとのこと。板谷さんの視野は国内にとどまらず、既に世界にも向けられていた。
“ありのままの自然”を人々に伝え、次の世代にバトンを渡していく。こういった「観光と保全の両立」は現代において重要視されている。支笏湖がその起点の一つとなり、その輪が今後ますます広がっていく様子が、今回の取材を通して見えた気がした。
取材協力
株式会社オーシャンデイズ(クリアカヤック)
〒066-0281 北海道千歳市支笏湖温泉番外地 TEL 080-6073-8600
&
支笏洞爺国立公園 管理事務所・支笏湖ビジターセンター
・北海道空知総合振興局 札幌建設管理部 千歳出張所・千歳市 建設部 道路管理課
Editor
三谷 乃亜
MITANI Noa
エッセイスト
生まれも育ちも北海道。食べることが好きで、スイーツ・パン・かぼちゃには目がない。特にかぼちゃへの想いが強く、シーズン中は飽きられないような調理法を模索しつつ、山吹色を食卓にねじ込み続けている。
北海道デジタル絵本コンテストにて、優秀賞(第1回)と特別賞(第2回)を受賞(共に作話担当)。